翻訳かあさん、崖っぷちを走る

(更新お休み中)3歳保育園児と8歳小学生を育てながら働くフリーランス翻訳者のはなし。

たまには平日の夜に子どもを置いて出かけたい

2か月振りの投稿です。みなさんお元気ですか。

 

上の子の卒園・小学校入学

下の子のクラス替えからの登園しぶり(慣れるのに時間がかかっているようです)

誕生日やら家庭訪問やら懇談会やらのイベント

相変わらずの夜泣き対応

相変わらずの翻訳の仕事

と、大忙しの日々でした。いや、大忙しの日々です。

 

そんな中、メンバーに名を連ねている(といっても入会資格や参加者リストがあるわけではないですが)村上春樹読書会がかなり久しぶりに開催されるというので参加してきました。子守りは夫。食事も風呂も寝かしつけも1人で完璧にできる人だから遠慮なく押しつけ、いやお任せできます。

 

この読書会はもともと居酒屋の別館で月に1回開催されていて、地域の人がふらっと来られるローカルな感じが特色なので、オンラインには移行しなかったんですね。

コロナ禍でも何度か開催されていたようなのですが、私は出産後の期間と重なってほとんど参加できていませんでした。

 

この数か月はそもそも開催が見送られていたのですが、4月28日に今年初めて開催されるというので久しぶりに参加してきました。

会場の居酒屋別館は、コロナ禍の間に小さな寄席になっていました。

 

しょっちゅう落語やってます。まだ聞きにいったことはない。

今回の課題本は「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。

(このあと内容に触れます。)

発売されてからもう9年も経ってるんですね。

これを読むとフィンランドに行きたくなります。行ったことはありません。

ラオスにいったい何があるというんですか?」に春樹さんのフィンランド旅行記が載っているけれど、この旅行記を読むより「つくる」を読んだ方がよっぽど、魅力的な街や人々の様子がありありと目の前に浮かんできます。

 

しかし「つくる」を読んでも名古屋に行きたいとは全然思えませんね(あくまで「これを読んでも」です。レゴランド行きたい)。この扱いの違いは何なんだ。名古屋出身の方のご意見を聞いてみたいところです。

 

この読書会は50回を超えて開催されているので、「つくる」が課題本になるのは3回目だったと思うのですが、前回(私は不参加)「シロを殺したのはつくるで、沙羅はこの事件を追っている刑事。一緒にいる中年男性は上司」という説が出たらしくて笑ってしまいました。

 

私はあえて犯人を選ぶ(?)ならクロかなあ。自分も心身をやられてしまう前にシロから離れたかったという動機もあるし、クロなら合い鍵を持っていてもおかしくないし。

 

・・・・・・という、本筋とは離れた犯人さがしで盛り上がれるのも読書会の楽しみでありましょう。

 

100万年ぶりくらいに画面越しではない直接対面形式の読書会に参加して、やはり仲間たちと顔を合わせて1つの物語についてあーだこーだと言い合うのは楽しいものだ。これにかわる喜びはない。というのを再確認しました。

 

オンラインのミステリー読書会も細々と参加していまして、来月はルシアン・ネイハムの「シャドー81」。村上春樹は次回6月に「女のいない男たち」。連日の夜泣きに参ってる場合じゃない、読んでおかないと・・・・・・。